高野台松本クリニック 松本不二生先生のアドバイスです。
動きを味わう
立つ。すわる。歩く。走る。誰もがあたりまえにやっている動作にも、意外なくらい個性があります。動きの個性の中には、ときにからだの故障につながるものがあります。そこで一度自分の体の動きをしっかりと味わってみると、新鮮なおどろきがあるかもしれません。
1 動きの個性とは
一番わかりやすいのは鉛筆やはしの持ちかたです。わたしは左利きですが、同じ左利きでも字の書き方は千差万別です。それと比べれば右利きは一見皆同じに見えますが、鉛筆を握りこんだような持ち方から軽く親指と人差し指でつまんだ持ち方までさまざまです。
立っているとき、やや前屈みだったり反り気味だったり、背中のカーブが平べったくなることもあります。歩くときに骨盤が回転して足がスッと前に伸びる人もいれば、腰が固まったままで歩く人もいます。椅子から立ち上がるとき、からだの姿勢をあまり崩さずに立ち上がる人、一度からだを前に倒してから腰をそらして立つ人、必ず何かにつかまって立つ人などさまざまなやり方があります。
どんな動き方でも問題がなければいいのですが、エネルギー効率が悪いと疲れやすくなり、関節や筋肉に負担がかかれば故障しやすくなります。
2 仕事や暮らしの影響
人間があらゆる作業を自分でやっていたころとちがい、生活がとても楽になりました。いまは歩かずにバスや電車が使えます。水汲みに行かずに水道水が使えます。ガスコンロで煮炊きができます。電気を使って照明や風呂焚きをします。他の人がやった仕事に頼って現代的な生活が送れますが、自分の仕事は(からだの動かし方から見れば)ほぼ同一作業の繰り返しになります。
繰り返し作業で使い方が少ない部分は筋肉が弱くなり、関節がこわばります。使いすぎた部分は関節が腫れたり筋肉の故障がおきます。座り仕事では身体中をおおっている筋肉や靭帯のバランスが崩れがちで、腰痛・肩こりなどの不調がおきます。
3 動きを味わう
なんらかの不調を抱えている人はたくさんいます。そのすべてが筋肉からくるわけではありませんが、無意識に力を入れる習慣があることで、筋肉の故障を起こしていることは珍しくありません。
そこでからだをゆっくりと動かして、筋肉に力が入ったりぬけたりする感覚を味わってみましょう。たとえばゆっくりと歩きながら、この瞬間ひざはどう動いているのか、ふくらはぎの力は抜けているのか入っているのか、骨盤の動き、足の動き、腕の振りのリズムを感じます。「動く」という大きなくくりを一回捨てて、なにもかも初めての感覚で見直してみます。
おそらくはじめはよくわからないはずです。ゆっくり動きながらわずかに関節の角度を変えたり、足のつき方を変えたり、手の振り方を変えたり・・・微妙な動きを感じるには練習が必要です。
ここがかたいかな?力が入っているかな?と思ったら、わざと力を抜いてみます。寝転がってその場所をゆっくりと動かしてみます。思ったより軽い力で動かせるかもしれません。
よくあるのは脊椎の微妙な動きができなくなった状態です。背骨は小さな骨の集まりで本来は細かく動かせる仕組みがあります。ある一ヶ所だけに気持ちを集中してそこを動かせるか試してみましょう。数より質です。少ない回数で構わないのでその動きを味わいましょう。
「痛みのない暮らしのための筋再教育」著者クレイグ・ウィリアムソンさんのビデオを参考にしてください。いかに微妙な動きなのかよくわかると思います。
(文末にエクササイズ1を提示します。またはyoutubeでclaig williamsonを検索)
4 味わうと変わる
みなさんのからだをスマホに例えるとけっこう高性能なのですが、どういうアプリを入れるかで使い勝手はずいぶん変わります。いまあなたが使っている「運動アプリ」はだいぶ古いかもしれません。カラダは変わっていきます。赤ちゃん〜中高年、生活スタイルそれぞれに合わせてバージョンアップが必要です。
動きを味わった感覚が、脊髄・脳に伝わり、運動プログラミングの修正が行われます。ゆっくりと動き、身体中にはりめぐらされた神経組織を使って動きの再調整を行う。「感じることは、すなわち生きること」だから、あたりまえと思っていた身動きにもう一度スポットライトを当てると、毎日の生活も新鮮に感じられるはずです。あせらず、ゆっくりとからだの動きを味わいましょう。
松ぼっクリ通信 · 12日 12月 201
無理なくモミモミ、おうちマッサージ
マッサージというと、みなさんはどういうイメージを持つでしょうか?世間的には慰安的なマッサージやクイックマッサージのイメージが強いのではないでしょうか。私もそう思っていて、医者になってからも長い間その思いを払しょくできませんでした。
しかしながら、クリニックでたくさんの患者さんを診つづけているうちに考えが変わってきました。 腰痛や肩こりに限らず、ちょっとした体の痛みの相談のうち、かなりの数が筋肉に原因のある痛みであって、マッサージやストレッチで良くすることができるのを実感したからです。 でもクリニックで治療できる時間は限られますから、やり方を患者さんに覚えてもらって家でやってもらうと大変効果的なのです。
自分でするマッサージをセルフマッサージと呼びますが、力が弱かったり手の関節症があったりでやりづらい人もいます。そこで指の代わりにマッサージ用の道具を使ってみると便利です。使い勝手を見ていきましょう。
(詳細版は コチラ)

1 テニスボール
テニスボールを使った手製マッサージ器。左はテニスボール2個を並べて靴下に入れたもの(ここでは筒状包帯で代用)で、寝転がったまま背中のアチコチに置いて痛いところを指圧します。背骨の両側を同時にできるのが便利です。右はテニスボールをストッキングの先に入れたもの。使い方はこんな感じです。

ストッキングの取っ手を手で持って高さを調整すれば、上から下までマッサージが簡単にできます。足を使って体全体をゆらすように動かせば、ボールがゴロゴロ動いて本格的なマッサージができます。
セルフマッサージのコツはやりすぎないことです。え!これっぽっち?くらいがちょうどいいのです。そのかわりこまめに一日に何回かやることです。その場で効果を期待するのではなく、2、3日たってからちょっといいかな?と思うくらいでいいのです。毎日続ければ効果が積み上がり、すばらしい結果が生まれるかもしれません。

2 マッサージ棒
一見すると妙な形のマッサージ棒。杖の持ち手に似ていますが、実際に使ってみるとこの形が便利です。
三つの取っ手それぞれの形がちがっていて、真ん中あたりを手で握って押します。足裏など厚みのある部分にもシッカリと力をかけることができます。

指の関節に負担をかけることなくきっちりと押圧できるすぐれた道具だと言えます。指の痛い人や女性にもおすすめで、プロのセラピストで手を痛めた人はこのタイプのマッサージ棒を使うことを検討してみてはいかがでしょうか。
日用品にもマッサージに役立つものがあります。スクリュードライバーのグリップの部分、傘の取っ手、麺棒やスリコギなどですが、角がやや鋭角で使い方によっては皮膚を痛めるかもしれません。このように家にあるいろいろな道具もマッサージに使えますが、使い方にはこつがいるようです。
最後にだいじなことを一言。痛みを感じるところと、押して痛いところは一緒ではありません。押して痛いところは、自分が痛いと思うところよりやや近位(体の中心に近い場所)に見つかることが多いです。そこが痛みの原因部位なのです。マッサージをするときは押して痛いところに行いましょう。
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松ぼっクリ通信 · 17日 9月 2019
ヒトのトリセツ
いろいろな道具や機械を買うと、取扱説明書がついてきます。書かれたとおりに使えば壊れにくく、長持ちするのですからだいじな情報です。私たちのカラダにもトリセツがあったら、どんなふうなのかな?とチャレンジしてみました。
ヒト(ホモ・サピエンス)現行型 取扱説明書
このたびは当社の製品をご購入いただきありがとうございました。末永くご愛用頂けるように、以下、使用上の注意点をお守りください。
1 毎日の使用が必要です
本製品は毎日の使用を前提として設計されています。使用せずに放置しておくと各部に廻る血流量が減少し、老廃物が蓄積されがちです。むくみ・関節のこわばり・腰痛・肩こり・便秘などさまざまな不調の原因になりますので、手足のすみずみまで一日に何回か動かすことをおすすめします。
2 週に数回しっかりと動かしましょう
本製品には自動調整機能が内蔵されています。使用率が比較的少なく、低い負荷で使い続けた場合、自動調整機能により心臓・血管・筋肉・じん帯そのほか動作に関わる組織が弱くなり、強めの運動や緊急の際に故障することがあります。毎日の使用とは別に、週に数回やや強めに体を動かす時間を作りましょう。
3 長時間の連続運転は×
本製品には自動回復機構が組み込まれており、これを十分に活用することで、長期にわたるメンテナンスフリーを可能にしています。回復メカニズムはおもに夜間に働きますから、一日7・8時間程度睡眠をとる必要があります。やむを得ず連続使用した場合は、十分な休養・回復期間を置くことをお勧めします。
4 集中制御装置(脳)について
本製品はスーパー・コンピューター・システム(脳)を搭載しています。脳の機能維持のため、からだの各部分と同様上記1~3の項目をお守りください。また経年変化を受けやすい部分ですので、強い負荷や連続運転はできるだけ避けることをお勧めします。
5 燃料について
本製品はさまざまなエネルギーに対応しています。ほぼ地球上のすべての地域でエネルギー供給が可能となっています。エネルギーとなる生物資源(動植物)の詳細については各地のユーザー情報を参考にしてください。またオーダーメード製品ですので、最適の燃料構成にはばらつきがあることをご承知ください。
6 毎日のお手入れ法
・適度に汗をかくことは肌の保湿・バリア形成に重要です。適度な運動をお勧めします。
・運動は腸の機能に重要です。腸の機能維持のためにも毎日運動してください。
・皮膚にビタミンD合成機能を搭載しています。毎日20~30分の日光浴が必要です。骨・免疫・脳機能維持のためこまめに太陽に当ててください。
7 故障かと思ったら
・何らかの不調が見つかった場合、上記1~3の手順を繰り返してください。それでも改善しない場合はサービスショップにご連絡ください。
・ときどきコンピューター(脳)のオーバーホールを行ってください。通常運転をいったん休止し、デバグやファイルの管理、不必要なプログラムの整理を行ってください。友人とのチャット、旅行、新しい冒険、お笑いなどのリカバリープログラムを実行してください。
ゴッド&ネイチャー・コーポレーション
松ぼっクリ通信 · 23日 8月 2019
歩き方で変わる?ひざ痛
(アーカイブ;2005年8月号より)
「あらー、痛くなってきたぞ。やっぱりむりだったのかな?でも、もう少しがんばってみるかな。」
とあるマラソン大会のできごとです。Aさんは、マラソン大会初出場です。この日のために、朝早起きしたり、仕事が終わってから家の近所を走って準備をしてきました。どきどきものでスタートしたあと、ここまで快調に走ってきました。自分のいつものペースよりちょっと速いかな?とも思ったのですが、まわりのペースに合わせて走ると意外と走れてしまうのです。それに、いっしょに走っている人たちを見ると、若い人も多いけれど、なかにはびっくりするくらい(失礼!)お年寄の人がいて、おまけに自分より速かったりするのですから、がんばらなくっちゃと思ってしまいます。
30キロ付近まではやってきました。さあ、これからだと思ったとたん、ひざの痛みがでてきて、思うように足が進まなくなってきました。
「でも、ここまで来たんだから、もう少しがんばってみるか。」
もうすこし、もうすこし。走るというよりも、歩くようなスピードです。でも、一歩一歩がかんじん、かならずゴールに近づいていくのですから。
ひざの痛みはどうなったかって?Aさんもゴールしてから気づいたのですが、あれほど痛かった痛みがゴールするころにはなくなっていたのです。
Bさんも同じような体験をしました。でも、Aさんとちがうのはひざの痛みがどんどん強くなって、残念ながら途中棄権をしてしまったことです。
AさんとBさんはなにがちがったのでしょうか。練習量のちがい?根性のあるなし?いえいえ、そのちがいはAさんとBさんの走りかたをみるとわかります。
一番のちがいはからだの上下の動きです。Aさんは頭の位置があまり変らないで走っていますが、Bさんの走り方をみると、からだ全体がはずむような走り方なので、あたまの位置が上下に動いているのがわかります。これがひざの動きにも負担を与えているのです。
もうひとつは足の運びかたです。Bさんは、スピードを出すために、できるだけ大またで走って歩幅をかせごうとしています。そうするとどうしてもかかとから地面に着地することになり、足からの衝撃がもろにひざに伝わってきます。Aさんは歩幅を広げようとはしないで、足の回転数をあげてスピードを出そうとしていたので、地面には足のうら全体で着地しています。結果的に、ひざにかかる衝撃をやわらげるような走りかたをしていたのです。
AさんもBさんもふだんの生活ではひざの痛みで困ることはありません。むしろ体力的にはBさんのほうが上回っているくらいです。しかし、マラソンのようにきわめて長い時間、歩いたり走ったりすると、身のこなしのわずかのちがいが、大きなちがいとなって出てくることがあります。
うーん、そうかもしれないけれど、わたしはマラソンを走らないから、関係ない。ふだんからひざが痛いんだから、走るどころではない。そう思った方もいるかもしれませんが、おなじ考え方はどんな人にも応用可能なのです。
一般の人では、どんなことに気をつければいいのでしょうか?
だいじなのは、「ひざにかかる衝撃をやわらげること」です。階段を上り下りするときに、カンカンと音が響いているときは、足に強い衝撃がかかっています。こういうひとは、ためしにそっと音を立てないように上り下りしてみましょう。おしりやふくらはぎの筋肉に、いつもより力が入ってかえって疲れるように感じるかもしれませんが、ふだん筋肉を十分に使っていないためです。練習だと思って、静かな上り下りを心がけてみましょう。
平べったいところを歩く場合にも、衝撃を受けやすい歩き方があります。どんな歩きかたかというと、足全体を棒のようにのばして歩くくせで、意外と多くみられます。自分自身にこのくせがあるかないかは、かんたんなテストでわかります。
足をそろえたまま、まっすぐに立って、目をつぶってみてください。そのまま腰を折らずにからだを前に傾けていきます。倒れそうになったとき、おうっと!どちらかの足が前に出ましたね。このとき、ひざより先に足先が前に出ていたら、ふだんもひざを伸ばし気味で歩いているかもしれません。日ごろの歩き方でも、ひざをやわらかく使うことが大切です。やわらかく使っていると、とっさの場合にはひざ小僧から先に足が出ます。山道のようなでこぼこみちを歩くと、ひざを伸ばして歩く人はひざが痛くなったりしますが、やわらかく使っている人は疲れにくく、ひざを痛めにくいのです。
歩き方のちがいなど、ふだんのくらしでは、たいしたことではないかもしれません。
でも、5年後、10年後は?大きなちがいになるかもしれないのです。
(モデルウォークや競歩では膝を伸ばしたまま着地します。それでも膝にかかる衝撃を少なくできるのですが、やや特殊な歩き方と言えるでしょう。ここでは一般の歩き方に対するアドバイスだと思ってください。歩幅を大きくし過ぎるオーバーストライドが問題なのです。)
筋肉のことをもっと知ろう
35年前、医者になりたてのころと比べると、一番ちがうのは筋肉の見方が変わったことです。筋肉と言えば肉離れや打ち身ぐらいしか思いつかなかったのが、今では体中の痛みやしびれの原因を探るときに筋肉の故障を調べるのが必須だと考えています。今回は筋肉のお話です。
1 肩こりや筋肉痛は医学部で教えない
日本だけでなく世界の医学書を調べても、肩こりや筋肉痛を細かく書いている本はありません。医学がダイナミックに役立つようになったのはほんの最近で、これまでの専門書は「いかに命を助けるか」について書かれていました。栄養状態が改善し、病気で亡くなる人が減って長生きが当たり前になった現在では、「死ぬようなことはないが、なってみると不快でつらいからだの故障」が増えてきました。その一つが筋肉に原因があって起きる様々な不調(痛み・しびれ・まひなど)で、よくある症状なのですが、本人も筋肉が原因とは思わず、診断でも見誤りやすいものです。
運動不足の人が急に体をいっぱい使うと「筋肉痛」になりますが、ここで言う筋肉の故障は別物です。きつい運動や打ち身などの外傷をきっかけとして起きることもありますが、多くの場合、仕事で行う繰り返しの作業、日常生活で行っているしぐさやくせ、疲労の蓄積や睡眠時間の不足、栄養のアンバランスなどが合わさって故障します。まれに自分で触って痛い筋肉を見つける人がいますが、ほとんどの人はさわって痛む場所を自覚せず、神経痛や関節痛、ときには内臓の病気と誤解されていることもしばしばです。
2 さわらないかぎりわからない
ほかの病気と見誤りやすい最大の理由が「さわらないとわからない」ことです。MRIという診断装置が現れたとき、何日もかけて検査をしていたことがわずか数十分でわかるようになってショックを受けました。しかし、筋肉のどこかにまわりよりも固いこわばりがあり、押すと痛む場所があることを明示してくれる装置は残念ながら今でも存在しません。
また、患者さんが痛いと自覚している部位の直下に原因となる筋肉があることはまれで、少し離れたところにみつかることが多いのです。筋肉の端には起始停止という2か所の付着部があって、ここに痛みを感じることが多い一方、故障そのものは筋腹(筋の真ん中)に多いのが一つの説明です。さらに全身にはりつめられた神経の仕組みによって遠く離れたところに痛みを感じることがあります。こういったわかりづらさがあり、一見するとなんだか適当に説明をつけているようだし、画像診断のようにはっきりわかる証拠(データ)もなく、「押して痛いから、ここが原因」と言われても…ちょっと納得しずらいかな?と思う気持ちはよくわかります。
3 例を挙げると…
手首が痛いという相談では前腕筋の故障が理由のことがとても多いです。五十肩の大半は腱板という肩口の筋群に故障がありますが、患者さんが自分でもんだりシップを張っている部位はほぼ「はずして」いることが多いですね。
腰痛は一つの病気ではなく、脊椎やその周りにあるたくさんの付属構造物に「何かが起きている」ときに感じる症状です。筋肉はその原因の一つなのですが、痛みの原因部位(筋)と自覚症状の部位(腰痛)がけっこう離れていることが多いです。何年も痛いという相談でも、実態は「筋肉の故障」だったことはめずらしくはありません。
股関節痛、膝の痛み、下腿・足の痛み、坐骨神経痛。こういった相談でも筋肉の故障が隠れていることがあります。骨や関節の故障に付随して起きていたり、単独でおきていることもあります。ながらく神経痛、関節痛だと思っていたらじつは筋肉が原因と言われてびっくり!ということがあります。その反対もありますから、レントゲンなどの検査と触診などの診察を組み合わせて診ることがとても大切です。
4 セイケイゲカはバックカントリー
バックカントリーとは整備されていない自然状態の野山のことです。都会を離れて観光地に行くと「やっぱり自然はいいなあ!」と思ったりしますが、ほんとうの自然は過酷で何が起きるかわかりません。道もなく、毒虫も蛇もいます。ルールがないのであらゆることを想定して準備しなければ、入ることが危険です。
整形外科医として長年過ごしてみると、循環器科、消化器科のような内科系の診断学は整然としてきれいに見えます。先人たちの努力があってそこまで来たことはわかっていますが、それに比べると整形外科の世界はワイルドです。ホネ、カンセツ、シンケイ、キンニクそのほかなんでもあり!道はありますが、舗装路以外に農道・林道、それどころかシングルトラックの山道があり、けものみちと間違えそうなところもあります。
整然とした都会の町並みは美しく見えますが、私としては山道に入ると楽しいのです。何でもありだから、役に立つことなら何でも試してみる。危ないと思ったら、引き返す。崖から落ちたりせず、道迷いもせずになんとかゴール(山の頂上)に着いたらきっと楽しいはず。そう思って仕事をしています。
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魔法の弾丸
先日、鍼や漢方を研究する学会に参加した時のことです。東洋医学特有の診察をして実際に鍼を打つデモンストレーションを見ていろいろ考えました。漢方は私も使っていますが、鍼にはまたちがった考え方があるようです。どんな治療法にも得手不得手があって、東洋医学も万能ではありませんが、ときにはすばらしい効果があることも知っています。と同時に、同じ症状を治療するなら西洋医学のほうがはるかにスピーディで確実に治せる場合があることも知っています。
独特の診断・治療法は世界中にたくさんありますが、ほかでは見落としている治癒のメカニズムを上手に使っている方法があるかもしれません。そういったすべてをかみわけて、「ワンストップで必ずベスト」の治療を提供できる病院(クリニック、接骨院、治療院、鍼灸院そのほか)はありえるのでしょうか?
1 ベストは魔法の弾丸
講演でひざの痛みに灸をしたり、くびが回らない人に鍼を打った症例などの説明がありましたが、(この症状ならマッサージのほうが効くのでは?)(これは薬のほうが絶対早いはず!)と内心思うケースもありました。でも、すべての治療の神髄を会得している人はいないのです。まったく逆に、(この例だったら鍼が絶対いい!)ということもあるでしょう。
最高の治療とは、「年齢・体質など個人の特質に関係なく、副作用もなく、一発で、苦痛もまったくなく、100パーセント症状が消えて、再発などのあとくされもない治療」のことです。パッと飲んだらあっという間に治るクスリという考えを魔法の弾丸と呼びますが、言い換えると「奇跡」が最高の治療であって、これはムリな相談です。では、今ある無数の治療法の中から、ある人にとって一番いい方法を見つけられる医師(治療家、ヒーラーあるいはコンピューター?)はいるのかな?これが気になります。
2 人は死ぬもの
こういう仕事をしていると、根っこの部分ではいかに生きるか・死ぬかが問題だと感じています。永遠に生き続ける話(不老不死の伝説、手塚治虫さんの「火の鳥」など)は魅力的ですが、そんなに長く生きて楽しいのか考える必要はあるでしょう。
映画「永遠に美しく」のように、腹に向こうが見えるほどの大穴が開いてもアタマがちぎれても生き続けられたら恐ろしい気がします。SF小説「老人と宇宙」では、現役引退した年寄りたちが軍に入隊し、最新のテクノロジーで強化された新しい肉体を与えられてエイリアンと戦います。一度死んだようなものだから心おきなく戦えるし、ふだんはスーパーボディで好きなことをやり放題というわけで希望者が続出します。
映画「アンドリューNDR114」は人間そっくりのアンドロイドが主人公です。はじめはロボットっぽいのですが、しだいに改良されてほとんど人間と区別がつかなくなります。ところが一緒に暮らしている人間の家族はどんどん年を重ね、世代を交代していきますが、アンドリューはまったく年をとりません。かわいがっていた赤ちゃんが成人し、やがて年老いて亡くなっていくのを見たアンドリューは決心し、最新のテクノロジーを使って人間に生まれ変わります。人間になれば、自分も年をとって死んでいくことができるのですから。
3 AI(人工知能)ならできる?
さて、すべての診断・治療法に精通し、酸いも甘いもかみわけて、100パーセントもっともいい治療法を見つけられる診断法はできるのでしょうか?どんなに研鑽しても一人の人間には不可能だと思います。ではAIならどうでしょうか?
世界中の研究機関、大学病院や学会から知識を集め、代替治療のみならずちょっと怪しいがひょっとしたら役に立つかもしれない治療法まで情報として飲み込み、思い込みや偏見などの人間くささとは無縁。でもアンドリューのように人間の弱さも理解して、ときにははげまし、ときには慰める。すべては電子世界のアルゴリズムで動いていても、限りなくかんぺきに近い未来の医師は、クラウドを使って世界中に現れるかもしれません。今はわかりませんが、案外近い将来にみなさんの街に来るかもしれませんよ。
